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大阪家庭裁判所 昭和37年(家)368号 審判

申立人 大井美子(仮名)

相手方 秋山昌男(仮名)

参加人 田中典子(仮名)

主文

本籍大阪府○○郡○○町大字○○八二番地被相続人亡秋山一男の遺産を次の通り分割する。

一、別紙遺産目録記載第一物件を相手方の、同第二物件を申立人の各取得とする。

二、相手方は申立人に対し金一三一万六、一九三円を、参加人に対し金三四六万四、七〇三円を各支払うものとする。

相手方は上記第二物件につき昭和三三年二月二七日受付第二一八七号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

理由

(申立)

本件申立の要旨は「上記秋山一男は昭和二七年二月一日死亡し、相続が開始したが、その遺産である別紙遺産目録記載の各物件につき相続人間で分割の協議が整わないので、その分割を求める」というにある。

(事実関係)

調査の結果裁判所が認める本件の事実関係は次の通りである。

一、秋山一男は昭和二七年二月一日死亡した。その相続人は同人の長男秋山昌男(相手方)、三女大井美子(申立人)及び長女亡君子(昭和一七年九月二三日死亡)の長女田中典子(参加人)の三名である。

二、遺産は別紙遺産目録記載の各物件であるが、いずれも昭和三三年二月二七日相手方名義に単独相続登記がなされている。その内

(イ)  第一物件は被相続人の生存中から現在に至るまで相手方がその上に家屋を所有し、同家屋に居住している。

(ロ)  第二物件の一部(三一、三五坪)は宅地で、その余は秋山成男(被相続人の弟)が所有権を主張する四戸の家屋と、第三者所有の五戸の家屋との敷地となつており、右成男及び第三者は右敷地上に賃借権を有している。又申立人は上記成男の家屋の内一戸に居住している。

(ハ)  第三の各物件は昭和三五年七月三〇日相手方が売主となつて株式会社○○組に一括売却し、その代金六三〇万円を相手方が取得している。

三、上記各遺産を相手方名義に単独相続登記したときの経緯は次の通りである。

(1)  その頃相手方は事業資金獲得のため本件遺産を処分する必要に迫られていた。そこで当時申立人及び参加人のため事実上後見の役割を果していた秋山次男(被相続人の弟、前記成男の兄)と協議した結果

(イ) 第三物件について之を相手方の単独名義に登記した上他に売却し、その売却代金を以て右事業資金に充てること

(ロ) 第二物件についても、当時前記成男が右物件全部(空地部分を含む)の上に借地権を主張し、究極のところ、右空地部分の所有権を取得しようと企図し、本件相続人等との間に紛争を生じていたので、この際右紛争解決のための責任者として相手方を立てることとし(申立人は気が弱く、又過去において成男から恩義を受けているので矢表に立つことは適当でなかつた)その外形的表現として該物件の所有名義を相手方に移すこと

(ハ) 第一物件については之を同人の取得とし、同人名義に単独登記することの合意が成立し、申立人及び参加人は右協議の結果を承認した。

(相手方は第二物件につき、右成男との紛争は本件登記をした当時既に解決していたから該紛争が登記の原因となることはあり得ないと主張するけれども之に反する秋山成男の供述に徴し信用できない)。

(2)  上記協議に基き申立人及び参加人は生活資本、結婚費用等につき、被相続人から相続分に等しい生前贈与を受けているので、相続分はない旨の申述書を作成提出し、之によつて前記登記手続がなされた。しかし右生前贈与の事実は認められない。

(この点につき、相手方は「申立人は結婚の際相当の仕度をしてもらつた外結婚後も被相続人と同居中、同人からかなりの財政的援助を受けており、亡君子は二度結婚したが、その都度相当の仕度をしてもらつていると主張するけれども、申立人は自己の嫁資について、秋山成男は君子の前婚の嫁資について、田中栄一(右君子の後婚の夫、参加人の父)は君子の後婚の嫁資について、いずれも右相手方主張事実を否定する供述をし、その供述は諸般の事情に照して信用できるだけでなく、相手方の主張自体、金額・数量の点において具体性を欠いているから、その供述だけから相続分消滅の原因となる程多額の生前贈与があつた事実を認めることは到底できない)。

(3)  上記協議において、第二物件の終局的帰属につき、次男は之を申立人に取得させるつもりであつたが、この点につき相手方との間に明確な合意なく、第三物件の売却代金の分配についても、その全部を相手方の取得とする趣旨でなく、むしろ申立人は後日右代金の一部の分配を受けることを期待し、相手方も暗黙の内に之を容認していたことがうかがわれるが、なお明確な取りきめはなされていない。

四、参加人は現在生活が安定しているため、本件遺産を取得する意思がないことを表明しており、申立人は現に第二物件上の家屋に居住し、同物件の賃貸料を収得している関係上、同物件の取得を希望し、右希望が容れられるならば他の財産は要らないといつている。

五、第一及び第二物件の昭和四〇年三月一三日現在の価格は遺産目録価格欄記載の通りである。その内第一物件は相続人たる相手方が権原により占有しているので、借地権者が買いとる場合の価格により、第二物件中家屋敷地部分は相続人以外の者が賃借権に基き占有しているので、右賃借権の附着したまま第三者が買取る場合の価格による。

(問題点に対する判断)

一、本件遺産については相続人全員合意の上、すべて相手方名義に単独相続登記がなされ、その登記原因を証する書面として前記申述書が提出されている。右申述書の記載内容が真実に合致すれば問題はない。その場合は申立人及び参加人が相続分を有しない事実が確定するだけである。しかし本件の場合右申述書の記載内容が虚偽であること前認定の通りであるから、申立人及び参加人はなお本件遺産上に相続分を有する。故に相手方が本件登記に表象された単独所有権を取得するためには、別に相続人間に本件遺産を相手方の単独所有に帰せしめる旨の合意が存しなければならないのである。(このような合意の存在は実質的には相続分の放棄を内容とするから、右放棄の意思を公権的に確認することなく、単独相続登記を許すことは、相続人間の紛争を一層複雑にし、又第三者の利益を害する虞れもあつて、好ましいことではないが、現行法上止むを得ない)。

ところで前認定の事実によれば、前記第二第三物件を相手方名義に単独登記したのは、之等の物件を他に売却し、もしくは他からの侵害から護るための方便に過ぎず、相手方の単独所有に帰せしめる合意に基くものでないこと明かであり、他に右合意の存在を裏づける資料はない。

(相手方は右合意の存在を主張し、その裏づけとして、(イ)申立人及び亡君子が被相続人から生前贈与を受けた事実、(ロ)申立人は相続による公租公課の負担を嫌忌している事実を挙げる。しかし右(イ)の事実の認め得ないこと前認定の通りであり、(ロ)に関する主張が不合理なことは公租公課を負担することによつて失うところと、相続によつて得るところの大小を比較すれば自ら明かである)。

よつて相手方は本件遺産中第二、第三物件の上に単独所有権を有するものではない。

二、凡そ遺産が数個ある場合、その分割協議は全部につき同時になされるのが本来の在り方であるが、時にその内一部について分割協議がなされ、それが有効とされる場合もある。しかしそれは相続人間に残余財産の帰趨が当該一部分割の効力に影響を及ぼさないこと、換言すれば当該部分を残余部分から分離独立せしめることの合意が存在していることを要件とする。けだしそうでなければ相続財産の確定的帰属を目的とする遺産分割の趣旨に添わないからである。次に遺産分割はその結果各相続人に帰属すべき権利の種類、範囲、数量が特定しているか、もしくは特定しうべきものでなければならない。それは遺産分割の性質上当然の要件である。以上の要件を欠くならばその遺産分割協議は不成立もしくは無効と謂うべきである。

之を本件についてみるのに、前認定の事実によれば、第一物件については之を相手方の単独所有とする旨の合意が成立しているけれども、右合意は第二、第三物件の分割が申立人等の期待に添つて実現することを条件としているものと解されるから前記独立性を欠く点においていまだ有効な分割を受けていないものと考えるべきであり、第三物件についても売却代金を分配することの合意は認められないでもないけれどもその分配の割合について協議がなされていないから、前記特定性を欠く点においていまだ分割協議はなされていないものというべきである。なお第二物件について分割協議がなされていないこというまでもない。

よつて本件遺産全部につき分割審判を求める本件申立は適法である。

三、第一、第二物件が分割の目的となることは明白であるが、第三物件については、既に之を第三者に売却済であるため疑問を生ずる。

元来遺産分割の対象となるのは相続開始当時存在した被相続人所有の財産であるが、該財産を相続人全員合意の上他に売却した場合にはその売却代金を以て遺産に代るべきものと見、之を分割の対象とするのが至当である。けだし遺産は相続人の共有に属するものとされるから、全員合意の上之を処分することは許さるべきであるし、その場合、売却代金を分割の対象とすべきことについては、家事審判規則一〇七条の換価代金と同様に考えて何ら差支えないからである。この観点に立てば第三物件の売却代金が本件遺産分割の対象となること明かである。

四、参加人は本件遺産の取得を欲せず、申立人は第二物件以外の財産取得を固執しない。これらの事情は遺産分割を実施するに当り、その基準として考慮さるべきであるけれどもそれ以上に法律によつて定められた相続分に何らの影響を及ぼすものではない。従つて申立人、相手方、参加人の相続分はいずれも三分の一である。

(分割の実施)

一、以上の事実及び判断によれば本件遺産の総額は一〇三九万四、一一〇円各相続人の相続分はいずれも三四六万四、七〇三円(円以下切捨)となる。

二、本件遺産中第一物件は相手方の、第二物件は申立人の各取得とするのが相当である。そこでそのようにした結果、申立人の不足分は一三一万六、一九三円、相手方の不足分は一五一万九、一〇三円、参加人の不足分はその相続分全額となる。

三、よつて相続人各自に対し、第三物件の売却代金中右不足分相当額を取得せしめることとするが、右売却代金は全部相手方において保管中であるから、その返還として(既に費消しているならば損害賠償として)申立人に対し一三一万六、一九三円の参加人に対し三四六万四、七〇三円の各支払を相手方に命ずることとする。

四、以上遺産分割の結果、第二物件は相続開始時に遡つて申立人の所有に属したこととなり、その上に存する主文記載の相続登記は右実体に符合しないものとなるから、相手方において之が抹消登記をなすべきものである。よつて同人に対し右抹消登記をなすことを命ずることとする。

よつて主文の通り審判する。

(家事裁判官 入江教夫)

遺産目録 省略

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